尚 賢王(しょうけんおう)

タクドラおばぁー

2009年11月08日 13:39

尚豊王の三男で17歳で即位。在位7年。
王の長男である尚恭が20歳で病死し、次男の尚文も多病で即位できず、
側室の子である尚賢が王位に就きます。
この頃中国では明王朝から清王朝へと代わり冊封も清朝から受けます。
また、三司官の一人は三年間薩摩に留まるよう命じられます。そして、
薩摩への借金を返すため、ウコンの栽培と黒糖を造らせ、王府が買い取

り薩摩に売り、その利益でもって返済をし
ます。また、最初の江戸上りも行われ、そ
の行装を中国風にさせ、幕府の威勢が
海外に及ぶ事を示し、薩摩も琉球の付属
を誇示したとされているが、琉球の正装
は元々中国の冠服であり、外交儀礼の
場で中国冠服を着用するのは通常の作法なのです。
尚、曾氏(そうじ)の国吉が福建でラデンを学び帰国しております。

註:薩摩への借金
  進貢が一年に一回から二年に一回となり、さらに五年に一回となってお
  り琉球は財政難であったため、進貢に使う金を薩摩から借りていた。
註:ウコン
  方言では「ウッチン」と言います。インドなどの亜熱帯アジアを原産として
  おり日本では沖縄そして鹿児島の一部で栽培されております。用途は
  香辛料・着色料・生薬などです。
註:江戸上り
 琉球は薩
 摩の支配
 下に入っ
 て後、将軍の世代わりには慶賀使、琉球国王の世代わりには謝恩使を
 江戸へ派遣することが義務付けられていた。


註:ラデン
  貝殻に漆器をはめ込む方法。

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