尚 益王(しょうえきおう)
尚純の世子で33歳で即位。在位3年。
尚貞王の息子たちがことごとく早死にしたため、長男の子である尚益が
王位に就きます。
尚益は生まれつき兎口(みつくち)であっ
たため、祖父である尚貞は副通事であっ
た高嶺徳明を中国に行かせ補唇術を学
ばせ、尚益は手術を受けます。
この頃、また首里城が焼失し、建築材木
を工面できず薩摩の島津からの寄贈で
王城を再建します。
註:通事
通訳・外交官。
註:高嶺徳明
10歳の時福洲へ渡り、三年間滞在し
中国語を学び通事となる。
尚質王に頼まれ、中国で補唇術を学
び10歳の尚益に施し治癒させる。
なお、補唇術は全身麻酔を使って行
ったとされており、日本の華岡青洲
より115年も前である。
画はJCC美術館より転載。
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